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World of NEO

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自分の世界観を見せよう。単純なことでも複雑なことでも。簡単に言えば、徒然ですね。

【2016.71】あれから5年

世間では「東日本大震災から5年」という日で、
様々な放送やコメントが出ています。
もちろん、忘れてはいけない日であり、
振り返ったり前を向いたり検証したり、と、
様々な想いを持って迎えた1日。

個人的にも振り返れば、あの日車の点検中をディーラーで過ごし、ようやく終わったと自宅へ向かい始めた矢先で被災。

車に乗っていましたが、運良く信号待ち。
目の前にはガソリンスタンドがありました。

気がつくと車が揺れ始め、車の挙動かと思いきや、段々揺れがひどくなり、タイヤが左右に潰される形でジャンプ。

外を見れば、行き先版や電信柱、電線が大きく揺れてる。そこではじめて、「大きな地震!」と認識。

4車線新青梅街道にいたので、外に出ることはしませんでしたが、地割れなんかが起こるようでは、外に出ないといけなかったでしょうかね。

揺れが収まり、信号は青に変わりましたが、
しばらく周囲の車も動くことはしませんでした。

そこで自宅に電話をかけてみましたが、
すでに混雑なのか障害なのか、電話はつながりませんでした。

車列が動き出し、急いで自宅へ戻りました。
自宅に戻ると、なにごともなかったかのような状態でした。

割と色々と物を置く人間なので、あちこち物が飛び散っているだろうと思いきや、平然を保っていました。

しかし、帰る途中も最寄駅には運転を打ち切った電車が停車中だったりと、街は慌ただしい。

結局、その日からしばらく電車は動かず。
その日から爆買い競争が始まりました。
どこ行っても物がない。

ガソリンもトイレットペーパーも水もカップラーメンも。あるのはドッグフードや調味料、、。

翌日は徒歩で10km近く離れている勤務先に。
夜には計画停電も経験しました。

東京でもこういった生活。
被災地はもっと厳しい生活。

あれから5年。東京は、いつもの東京の姿。
被災地は、少しずつ復旧が整い始めてきた姿。
昨年中には仙台にも行ってきました。

松島では「津波がこの高さまできました」という表示を目にするなど、実際にこの場所がどうなっていたのか、これまでの脳裏に焼き付けた映像や写真を照らし合わせながら観光しました。

by neo-kt | 2016-03-11 23:55 | 社会